――夜、ベッドに入っても “あの頃の勢い” を思い出せない。
――パートナーに手を伸ばすのが、どこかおっくうになった。
――「気のせいさ」と笑い飛ばしながら、心の奥にわだかまるモヤモヤ。
40 代、50 代。責任も経験も増えた分だけ、わたしたちの心と体には“静かな変化”が忍び寄ります。
そのもっとも分かりやすいサインが ED(勃起障害)。けれど ED は決してゴールではありません。むしろ 「そろそろ自分をケアしよう」という体からの手紙 なのです。
ED――それはからだと心の交差点
勃起には、血管・神経・ホルモン・メンタル――実に精妙なシステムが絡み合います。
年齢とともにどこか一つの歯車がかみ合わなくなれば、硬さが足りない・維持できないといった現象が表面化します。
ED は「治らない病気」ではありません。本当に怖いのは、 「放っておいた結果、背後に潜むリスクを見逃すこと」 です。
心臓からの“早めの警報”
ペニスの血管は心臓の冠動脈より細く、動脈硬化が最初に姿を現しやすい部位です。
メタ解析では ED の男性は心筋梗塞や脳卒中のリスクが 1.4~1.6 倍。
つまり ED は、将来の大ごとを未然に伝えてくれる“大切なお知らせ”かもしれません。
そして、影に潜む男性更年期(LOH)
もう一つ、見逃せない背景が 男性更年期(Late-Onset Hypogonadism)です。
テストステロンが年 1 %ずつ静かに下がり続け、ある日とつぜん谷底のように落ち込む――すると
- 性欲や勃起力が低下
- 集中力・やる気が湧かない
- イライラや落ち込みが増える
といった“心と体のブレーキ”がかかります。ED の裏で男性更年期が進んでいるケースは、決して珍しくありません。
日本内分泌学会 2022 ガイドラインでは、総テストステロン 11 nmol/L 未満に加え、性欲低下・勃起力低下など3症状以上を満たす場合を男性更年期(LOH)と定義しています。
「治したい」より「取り戻したい」――3 つのステップ
1.生活をほんの少しだけ整える ー 体重 5〜10 % 減 ⇒ IIEF +3〜4 点
IIEF(International Index of Erectile Function) は、勃起の硬さ・維持時間・満足度などを15〜30 の質問で数値化する国際的指標です。
ある研究では、2年間の減量プログラムで3人に1人がEDを克服し、IIEF が平均 +3〜4点改善しました。
- 夜更かしを 30 分削って睡眠をプラス
- 通勤時に 1 駅だけ早歩き
- 晩酌のビールをノンアルに替える
そんな小さな改変が血管とホルモンを蘇らせます。
2.専門医の扉をノックする
泌尿器科やメンズヘルス外来では、以下のような“見える化”と“選択肢”が待っています。
検査・治療 | 何がわかる/どう変わる? |
血液検査 | テストステロン値・脂質・血糖を数値化し、隠れた男性更年期や生活習慣病を判定 |
PDE5 阻害薬(シルデナフィル、タダラフィル など) (最近は低用量タダラフィルの毎日投与(5 mg) が推奨度A) | 70〜80 % が勃起力を回復 |
TRT(テストステロン補充療法) (日本では2週ごとの注射が保険適用) | 性欲・活力・骨密度を底上げ、ED 治療薬の効き目を高める |
検査だけでも OK。「まだ薬は早い」と感じる方も、自分の現在地を知るだけで肩の荷がすっと軽くなります。
必要に応じて、ホルモン補充療法や内服治療(ED 治療薬)を組み合わせることで、より高い改善率が期待できます。
3.“血管年齢” を測ってみる
頸動脈エコーやABI(足首と腕の血圧比)検査で、動脈硬化の足音をチェックすることもできます。
検査 | どこでできる? | ポイント |
頸動脈エコー | クリニック・病院(超音波装置が必要) | 首の動脈にプラーク(コレステロールの塊)がないかを可視化。検査時間は 10 分程度、痛みなし。 |
ABI(足関節上腕血圧比) | クリニック/一部のドラッグストア・健診センター でも測定機器あり | 足首と腕の血圧を同時に測り、血管の詰まり具合を数値化。5 分で終了。 |
自宅でできる?
- 血圧測定やスマートウォッチの脈波解析はスクリーニングに役立ちますが、正式な血管年齢の評価は医療機関で行うのが確実です。
- 市販の「血管年齢計」は目安にはなるものの、診断目的には不十分。数値が気になればクリニックで精密検査を。
もし数値が高くても、生活改善+薬物療法でリスクは着実に下げられる――これが最新医療の結論です。
今からできる対処法とチェックポイント
生活習慣を見直す 10 のアクション
カテゴリ | 具体策 |
睡眠 | 規則正しい就寝・起床、就寝 1 時間前はスマホをオフ |
食事 | 野菜・タンパク質を増やし、炭水化物は控えめ |
運動 | 週 150 分のウォーキング+週 2 回の軽い筋トレ |
体重管理 | 体重 5〜10 % 減をまずは 3 か月の目標に |
飲酒 | “休肝日” を週 2 日、ビールを 350 mL → 250 mL に |
禁煙 | 血管年齢が 5 歳若返ると言われる最大の打ち手 |
ストレスケア | 週 1 回は“スマホを置いて散歩” のマインドフルネス |
趣味時間 | 好きな音楽・映画・釣り…“役に立たない時間” が心を養う |
休息・気分転換 | 昼休みに 5 分だけ外に出て深呼吸、週末は自然に触れる |
相談相手 | 不安や悩みを 1 人で抱え込まず、家族・友人・専門医へ |
ゆるく、長く、前を向くために
完璧に若い頃へ戻ることより、これからの 10 年、20 年をどう快活に過ごすか が大切。
ED はそのスタート地点に立つための “のろし” です。
- 生活をほんの少し整える
- 数字で「血管とホルモン」を見える化する
- 必要なら医師と二人三脚で治療を選ぶ
その積み重ねは、やがて「自分らしさ」を静かに取り戻してくれます。
“もう歳だから” と眉をひそめるのではなく、“これからが本番だ” と思ってみてください。
小さな一歩が、未来のあなたとパートナーの笑顔を守ります。
参考文献
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この記事の監修者

伊勢呂 哲也
医療法人インテグレス理事長
大宮エヴァグリーンクリニック 理事長・院長
東京泌尿器科クリニック上野/
池袋消化器内科・泌尿器科クリニック/
新橋消化器内科・泌尿器科クリニック 理事長
泌尿器科・消化器科の専門領域で年間3万人の外来診察を行う。著書、テレビ出演歴多数。専門Youtubeチャンネルは18万人以上の登録者(2025年1月現在)
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